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4.「 峰一郎と三遊亭円朝 」

鈴 木  勝

 峰一郎が司法省法学校に次席で合格すると、学校から校則作成や学生の自治活動を託された。学校生活に慣れたある日、峰一郎は友人に「言葉の訛」の悩みについて相談した。「寄席に行って来な。円朝師匠は参考になると思うよ」と友人は助言した。峰一郎は劣等感を向上心に置き換える名人であった。峰一郎が後世「語学の天才」とか「安達の舌は国宝だ」と賞賛されたが、その原点がここにあった。訛というハンデを向上心に置き換えた行動が、峰一郎を大成させたと考えてよい。明治24年、時の青木外務大臣がひいき贔屓の円朝を官邸に招いて、外国小咄の題を落語にして喋るよう求めた。円朝はそれを即興で演じて大臣を満足させたという。峰一郎は、自分の話に人を引きつける術を、この寄席を通して会得したことは特筆に価する。

 「 夜毎夜毎 牡灯籠を謹聴し 訛の耳を洗い続けし 」

 
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安達峰一郎博士顕彰会                
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